COLUMN

認知症の人に
やさしい
まちづくりを
考える

「神戸モデル」の新しい取り組み
2019年1月28日、神戸市で「認知症診断助成制度」がスタートした。これは同市が2018年4月1日、全国に先駆けて施行した「認知症の人にやさしいまちづくり条例」(以下、神戸モデル)に盛り込まれた事故救済制度(2019年4月1日スタート予定)とあわせて新設された制度だ。事故救済制度は、認知症患者が事故を起こした際に賠償金を給付し、被害者にも見舞金を支給するというもの。団塊の世代が75歳以上となる2025年には、認知症患者数は700万人前後に達するともいわれる日本。国をあげて、町をあげての対策は待ったなしの状況だけに神戸モデルは注目を集めている。その概要をお伝えするとともに、認知症の人も安心して暮らせる町づくりの課題を探った。
text : Michihiko Kato

認知症に関する神戸市の取り組み

元気だった母も晩年になるといつしか現実と幻想の間を往き来するようになりました。

ある日、入所していた施設を訪ねると、空っぽの冷蔵庫を指差して言いました。

「あそこに金庫があるやろ。あの金庫の中に何億いう金が入っとんねん。あの金全部喜造(きぞう)にやるわ」

母の性格と性癖を受け継いでいる私も、いつしか母のような症状を呈するようになるかも知れません。

そうなったとき、もう分からないかも知れませんが、「認知症の人にやさしいまち神戸」が全面的に開花していることを期待したいと思います。

必ずそうなるよう全力を尽くすことが、今の私の責務です。

 これは、久元喜造神戸市長が広報紙『KOBE』2018年5月号に寄せたメッセージだ。神戸市は2016年9月にG7保健大臣会合が開催されたことを機に、認知症対策を盛り込んだ「神戸宣言」を発表。この宣言を踏まえて2018年4月、全国に先駆け、「認知症の人にやさしいまちづくり条例」を施行した。

 背景には、2007年に愛知県大府市で起きた事故の被害賠償に注目が集まったこともある。認知症の高齢男性が線路に侵入し、電車にはねられ死亡したことで、JR東海は家族に約720万円の損害賠償を求め提訴。しかし、一審、二審での判決を覆し、最高裁では「家族が賠償責任を負う可能性」にも触れながら、家族側が勝訴した。

 事故を起こした側と起こされた側。損害を受けた側からすれば、責任が認められなければ補償を得られないことになる。

 しかし、もし事故を起こしたのが認知症を患う自分の父や母だとしたら……。たとえばマンションの一室で暮らす認知症の母が、お茶を飲もうとして、やかんを火にかけたことを忘れ、火事になったとしたら……。

 厚生労働省の推計によれば、団塊の世代が75歳以上となる2025年には、認知症疑いのMCIも含めると1000万人前後に達し、65歳以上の高齢者の約5人に1人が認知症を患うという。

 誰もが意図なく、被害者や加害者になる可能性。あるいは、認知症を患う親が悪意なく被害者や加害者になる可能性。そもそも事故が起きた後の備えを考えるのではなく、本質は、いかにこうした事故が起こらないようにするかにあるのではないだろうか。

町全体で取り組む意義とは?

 鉄道事故でダイヤ乱れが起きた際に多額の賠償金を求められるのだとすると、それを個人でカバーするのは容易ではない。喫緊に必要なのは、神戸市のような町全体をあげた取り組みであり、住民が認知症にならないようにする予防策とともに、認知症の方であっても安心して暮らせる町づくりのための施策ではないだろうか。

 認知症になっても住み慣れた地域で安心して過ごすことができる町を目指す「神戸モデル」で特に注目されているのは、(1)認知症診断助成制度と(2)事故救済制度の2つだ。

(1)認知症診断助成制度(図A)
 神戸モデルのステップ1として、2019年1月28日よりスタートしたのが「認知症診断助成制度」だ。この制度の対象は65歳以上の神戸市民で、事故救済を受けるには事前に2段階の診断を受けておく必要がある。

 第1段階は本人や家族の希望、かかりつけ医の勧めを受けて、神戸市内のクリニックなど326施設で問診形式の「認知機能検診」を受ける。ここで「認知症の疑いがある」と診断された場合、第2段階として、市指定の専門機関(同市内53施設)で頭部の画像診断など「認知機能精密検査」を受ける必要がある。この精密検査で「認知症」と診断されれば、救済制度の対象となるという。

 最初の「認知機能検診」を受けるには通常、検診費として6500円ほどがかかるが、受診する年度内に65歳以上になる市民はこれが無料になる。また、その次の「認知機能精密検査」は保険診療でいったん自己負担となるが、後日、診断結果に関わらず全額神戸市より返金されるという。

 事故救済制度を適用してもらうために、認知症検診を受ける住民は当然増えると予想される。必要な治療やケアに結びつけられれば、進行も遅らせることができると期待されている。


(2)事故救済制度(図B)
 2019年4月スタート予定の「事故救済制度」は、(1)により認知症と診断された人が対象になる。
 認知症と診断された人が火災や事故を起こした場合、責任能力がないと判断されても、被害者に見舞金として最大3000万円まで支払われる(自動車事故は除く)。また、賠償責任があると判断された場合に備え、神戸市が保険料を負担する民間保険に登録することで、高額の賠償を求められた際には、最大2億円が本人や家族に支払われる。

広がれ! 認知症の人にもやさしい町づくり

 画期的といえる神戸市の取り組みだが、課題がないわけではない。たとえば、「神戸モデル」では実現の費用を神戸市民が負担するため(年間400円/人)、市民以外が神戸市内で事故を起こした場合などは少額の見舞金しか出ない。

 本来であれば国をあげての取り組みが待たれるが、認知症の人が事故を起こした場合などの損害賠償額を補償する制度の創設については、2016年12月に内閣府や厚生労働省などで構成される「認知症高齢者等にやさしい地域づくりに係る関係省庁連絡会議」は、損害額が少額な事例が多いことや、民間保険の支払件数も少ないことなどから見送る方針を決め、現在も検討中だ。

 となると、できるだけ多くの自治体で対応が進むことを期待したいが、全国的に見ても、認知症の人の視点に立った条例や事業の整備が進んでいるとは、まだまだ言い難い状況だ。

 神戸市の保健福祉局で認知症対策を担当する土井池さんは「神戸モデルが、認知症の人にもやさしい町づくりが広がるキッカケになれば嬉しいですが、やがては国が制度化することを期待しています」と語る。

 制度は必要に応じて見直しを行いながら進化させればいい。認知症になっても住みやすい社会をつくるには、私たち一人一人が意識することが出発点。
 誰もが安心して、困った時にはお互いに支え合い、のびのびと暮らせる町づくりが進むことを期待したい。

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