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分身
ロボットカフェ
緊急レポート!

障害者が遠隔から接客する新しい就労のカタチ
 ロボットが接客する「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」が2018年11月26日から12月7日まで、日本財団ビルで期間限定オープンした。このロボットを遠隔操作しているのは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者や脊椎損傷者など、これまで就労の対象として考えられなかった重度障害者の方たちであることから、同プロジェクトは、新しい就労の可能性を広げるとして注目を集めている。2020年には常設カフェのオープンを目指すというプロジェクトの様子をレポートする。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Michihiko Kato

アバターワークで広がる無限の可能性

「ALSになり、自由が奪われていく中で娘にも手助けしてもらうことが増え、母親らしいことをしてあげられないと悔しい思いでいました。このカフェで働いたお給料で、私から娘へプレゼントしたいと思っています。まだまだ母親として世話をやきたいのです」(みかりんさん/ @mikarinmaho)

「自分が接客できるなんて、人生で一度も考えたことがありませんでした。今はそれが嘘のように毎日たくさんのお客さまと出会い、やりがいと充実感でいっぱい!自分には何もできないと思っていた高校生の時の自分に教えてあげたい…。明日からも楽しみです!」(ふーさん/@fukomalu)

「それにしても、病気になってから何年も家族や医師くらいしか会話してこなかったから、毎日たくさんの人と出会えることが本当に感動でしかない。私が働くことで支えてくれた家族も嬉しいって言ってくれて私も嬉しい!」(さえさん/@Saepochaco)

 2018年11月26日から12月7日まで、「分身ロボットカフェ DAWN ver.β」が2週間の期間限定でオープンした。このカフェで、客の注文を取ったり、コーヒーを運んだりしている店員は、人間ではなく、分身ロボット「Orihime-D(オリヒメディー)」だ。

 そして、このロボットを遠隔操作しているパイロットは、ALS(筋萎縮性側索硬化症)患者や脊椎損傷者など、これまで就労の対象として考えられなかった重度障害者の方たち。

 東京や埼玉、愛知、三重、岐阜、島根で暮らすパイロット約10名が、それぞれの自宅にいながら分身ロボットを操って、期間中はカフェの接客を行っていた。冒頭の言葉は、そんなパイロットたちのTwitterでのつぶやきだ。

 重い障害や難病などで働くことが難しくても、ロボットの操作でテレワークやアバターワークを可能にしている。アバターワークとは、「テレワークに加えて、アバターロボット(遠隔操作ロボット)を使って移動や肉体を動かす労働のこと」をいう。未来が来たとは、まさにこのこと。そこには、これまでにはなかった全く新しい就労のカタチがあった。

心が自由なら、どこへでも行き、なんでもできる

「そこへ行けない、身体を動かすことができない人でも働けること。体を運べないけれど、働きたいと思う人がいることを知ってもらいたい。コミュニケーションテクノロジーで、あらゆる人が社会に参加できる未来を実現します」

 こう話すのは、ロボットや遠隔操作のシステムを開発したオリィ研究所・代表取締役の吉藤オリィさん。今回のカフェプロジェクトが立ち上がった経緯には、友人の番田雄太さんの存在がある。

 番田さんは4歳のときに交通事故に遭い、脊椎損傷によって首から下を動かせなくなった。以降20年以上、寝たきりで生活をしていたが、オリィさんのことをネット上で知ったことで転機が訪れた。

 Facebookでメッセージを送ったことがきっかけとなり、オリィさんの開発パートナー兼秘書として、番田さんはリモートワークでオリィ研究所のメンバーとして働き始めることになったのだ。そんなある日、オリィさんは番田さんに冗談を言った。

「番田は秘書だから、お客さんを迎えたりコーヒーを淹れたりしてよ。大きなOriHimeを操作すれば番田も店でウェイターができるし、つまみ食いもできるよ」

 これが身長120センチの分身ロボットの開発へとつながったという。ただ残念なことに、分身ロボットカフェのオープンを待たずして、2017年9月、番田さんは28歳の若さでこの世を去った。オリィさんの折れそうな心を支えてくれたのは「心が自由なら、どこへでも行き、なんでもできる」という番田さんの言葉だったという。

「カフェとかやれたらいいよねと、彼と語り合った夢だった」とオリィさん。その夢が「ロボットを介して障害を持つ方が働く」という、世界でも例を見ない実験的事業へと発展した。

 カフェの営業が終わると、オリィさんはパイロットたちとバックヤードでミーティングし、課題などを聞き取っているという。こうした声が、サービスの質を高め、事業をさらに進化させている。

テクノロジーが身体の意味を変える

「オープン初日のOriHime-Dは、あえて機能を制限したバージョンでしたが、徐々に必要な機能を加えて、2週目からは手も振れるようになったんですね。そうしたらお客様からも笑みがこぼれて、すごくやわらかい雰囲気になりました」

 オリィ研究所と連携する日本財団・コミニケションチームの飯澤幸世さんは、そう教えてくれた。ロボットが注文を取りに来て、配膳すると聞くと、無機質なイメージを抱くかもしれないが実際はまるで違う。

 コーヒーを飲んでいるとき、隣を通り過ぎるOriHime-Dと目が合うと、こちらに向かって手を振ってくれた。無愛想な飲食店の店員よりもはるかに愛想がいいのだ。
 さらにOriHime-Dにはカメラやマイク、スピーカーが搭載されているので、ロボットを操作するパイロットとも普通に会話もできる。

「接客はもう慣れましたか?」と聞くと、「慣れました!毎日たくさんの方とお話しできるので楽しくて仕方ないです」。今回のカフェで、フロアリーダーを務めるパイロットの村田望さんだ。村田さんは大学での就職活動中に、体の筋肉が動かなくなっていく難病「自己貪食空胞性ミオパチー」を発症したという。

 オリィ研究所は、日本財団と連携して2020年に常設カフェのオープンを目指している。「常設のカフェだけでなく、オリンピックのときには空港のラウンジなどでも、アバターロボットが活躍するかもしれません。高齢者の方や外国の方にもパイロットになってもらえれば、さらに可能性は広がるはずです」とオリィさん。

 分身ロボットカフェでの挑戦は、体が不自由だったり、何らかの理由で動けなかった方に光を灯すだけではない。テクノロジーが身体の意味さえ変えていき、超高齢社会においても孤独にならない「新しい生き方」が実現するに違いない。

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