COLUMN

感覚を
鍛えるには、
まず観察から。

第2回食サミット
「味覚教育—五味と五感—」
レポート
各方面で活躍中のゲストを招いて食のディスカッションを行う「食サミット」の2回目が東京・原宿にて開催された。主催者はフランスのニースと原宿にフレンチレストラン「Keisuke Matsushima」を構えるオーナーシェフ・松嶋啓介氏。2019年1月21日、22日の2日間にわたり12のテーマについて討議されたが、本記事では松嶋氏の司会進行のもと、春光院・副住職の川上全龍氏、株式会社リクルートマーケティングパートナーズ代表取締役の山口洋文氏、当WEBマガジン編集長の山本左近が参加した「味覚教育—五味と五感—」のパートをレポートする。食への意識を高めることは長寿にもつながる。今後も注目のイベントだ。(上写真:左から松嶋啓介氏、川上全龍氏、山口文洋氏、山本左近)
photos : Ren Arimura(d'Arc)
text : Yuichiro Nakada

五感を研ぎ澄まし「喰い改める」

 1964年の東京オリンピック以降、急激な経済成長を遂げた日本。
 しかし家庭は核家族化、孤食化が進み、食の品質の向上よりも食文化の衰退が見受けられる。2020年の東京オリンピックまでに、こうした食文化や食習慣などの歪みを見直し、共に情報をシェアし、共に悩み、考え、そして共に食事をすることで未来への共創を生み出し、「喰い改める」機会を設けていくというのが本サミットの趣旨である。

 今回取材した1月22日の第2部では、「味覚教育—五味と五感—」というテーマの通り、人間の五感のひとつである「味覚」に焦点を当て、味覚を研ぎ澄ますための教育などについてディスカッションした。

 司会進行役の松嶋啓介氏は、20歳で渡仏し、2006年には外国人として史上最年少の28歳でミシュランの一つ星を獲得したフランス料理店「KEISUKE MATSUSHIMA」のオーナーシェフ。
 株式会社リクルート執行役員/株式会社リクルートマーケティングパートナーズ代表取締役の山口文洋氏は、世の受験生たちに向けて、5科目18教科4万本以上の動画授業月額980円見放題で配信する「スタディサプリ(旧・受験サプリ)」の生みの親として知られている。
 京都にある妙心寺春光院の川上全龍副住職は、アメリカで宗教学を学んだのち帰国。実家である春光院で副住職を務め、年間約5000から5500人の訪日外国人に坐禅や禅哲学をいかに日常生活に取り込むかを英語で指導を行っている。国内のみならず海外でも、脳科学や心理学を交えながら世界中のトップエリートに瞑想やマインドフルネスの効果を説く、マインドフルネス講師という顔ももつ。
 そうそうたる面々に当WEBマガジン『長寿のMIKATA』編集長でもある山本左近が加わった4名によるディスカッションがスタートした。

 今回のディスカッションで興味を引いたのは、教育における食育の重要性と、日々の食を通じて自己そして他者を観察していくことの重要性に関するやりとりであった。
「AIとの分業化が進んでいく未来に向けて、人間はもっとクリエイティビティを発揮しなければならない」と山本左近。わずかな変化も感じ取れるほど感覚(センス)を研ぎ澄ますことは人間らしさを高め、本当に豊かな社会をつくるうえで大切な要素といえる。

食べること自体が自己の「観察」につながる

 では、私たちはどうやって感性を高めることができるのだろうか。
 たとえば山口氏は、「まずい食事」を知ったことで、のちに「うまい」という感覚を得ることができたと言う。
 川上氏は己の反応を確かめることが大事だと応えた。氏の修行における捉え方は独特で、修行を「観察」と「実験」の場と主張する。たとえば、あえて自分を厳しい環境に置いてみたときに湧き出てくる感情を観察することで、その感情の判断基準やバイアスを考えていくというものだ。その繰り返しのプロセスこそが氏の言う「観察」と「実験」、つまり「修行」である。
 この、普段見過ごしがちな反応に常に注意を向けていくことが今回のテーマである五感の話にもつながっていくことになった。

「食」「お寺」といえば宿坊で出される精進料理のことを思い浮かべる読者も多いだろう。精進料理といえば一般的に野菜が中心でヘルシーなイメージであるが、そのヘルシーな食事をした後、体がどう感じているかにまで注意を向けている人は果たしてどのくらいいるだろうか?
 川上氏曰く、「『食べる』ということも食べて飲み込んで、お腹で感じるってことですよね。じゃあ、お腹から吸収される時にどういう風に体が反応しているのだろう。自分の感情にどういう風に影響を与えているのだろうということを考えていく、それが本来の精進料理の味わいかなと思います」。まさに食べること自体が「観察」なのである。

 ここで松嶋氏がテーマの1つである五味に触れた。
 世界で一般的に定義される五味というのは「甘い」「苦い」「しょっぱい」「すっぱい」「うまい」である。ただ、日本人の五味は、その世界的に言われている「苦い」「しょっぱい」ではなく、どちらかというと「渋い」「辛い(からい)」ではないかと述べた。
 本来は「渋い」「辛い」は、五味ではなく感覚である。辛いは「つらい」とも読み、まさにここは味覚と人生との共通点でもある。味覚を覚えることは、修行における五行に似ているとこがあるのではと松嶋氏は指摘する。

 それに対し川上氏は、今の社会は幸福論、ポジティブ心理学や社員の幸せ向上など、五味で言うところの「甘いもの」ばかり食べているような、偏食な社会に向かいつつあると警鐘を鳴らす。川上氏曰く「食べることと人生は一緒、色んなものを経験するからご飯がおいしいわけです。人生も同じで、色んなものを経験するからこそ人間というものができあがっていきます。やはりそこは経験だと思います」。

 松嶋氏は山本左近の現役時代のレースの話を引き合いに出し、「エンジンばかり強くしていくのでなく、まずはドライバーの人間の質を高めていくことが必要」と説き、エンジンばかり修復しているような、理論や実践ばかりに注目がいき過ぎている現状を警告した。

 山本左近もこの指摘には同調し、「レーシングカーにとって非常に大切なのは、実はいかに速く止まれる車であるかということ」と述べた。速いエンジンは大事だが、速く走るためには速く止まる車、速く曲がれる車が必要。この相反するバランスを取ることが大事だという。これは人生におけるバランス感覚にもつながる点である。

 ここまでのディスカッションを松嶋氏がまとめた。
 体験を感覚値化し、自分なりに言語化するということを積み重ねながらクリエイティブに物事を考えていく姿勢が登壇者全員に共通しているという。そのクリエイティブであるための感覚(センス)磨きにおいて重要なのが、まさに今回何度も出てきたキーワードである「観察」である。

駄目な自分を認め、好奇心と探求心をもち続ける

 ここで山本左近は、「結局、観察力を磨くには、対象に興味を持つということが大事だと思う」と言い、普段からカフェなどで人間観察を日常的にやっていることを述べた。「結局はやっぱり好奇心と探究心、この2つが体験としてつながることによって観察力につながるのではないかなというのが、僕の中で1つの答えです」

 また、体験することの大切さに加え、幅広い視野をもつことの重要性についても語った。友人などと一緒に旅行に行ったときの話を例にとり、同じものを見ていても、自分と相手が全く違う部分や物事に注目していることが往々にしてあることに触れ、人間は自分の見たいものしか見ていないということを指摘した。

 旅行に行ったときには聞く、見る、食べる、つかむ、感じるといった感覚を、たくさん共有することで観察力が磨かれる。いろいろな経験を通じて、人間それぞれが違う風に感じていることを知り、自分を知る。食の感じ方の違いなどを通して、自分と他人の違いや日本人と外国人の違い、すなわち多様性を学ぶこともできると伝えた。


 この観察力を磨く点に関して、川上氏は、駄目な自分を認めることで自分には限界があることを感じることが非常に大切だと説く。

 氏によれば、「現実は頭の中にだけ存在するもの。そして実情は自分の外に存在しているものだと考えている。その中で針の孔(あな)からしか覗いていないのに自分は全部見ていると思い込んでいる自分がいる」そうである。
 人間は真理を追究する科学者でなく、自分の見方を守ろうとする弁護士になろうとし、判断を下した後にどんどん後付けの理由をしてしまうという。しかし、たとえば、嫌いな人、意見が合わない人というのは自分と違う見方を持っているのでお互いに興味をもって歩み寄れば、見えなかった部分が見えてくるかもしれないと述べた。

 山口氏は「観察力は、イコール内省力」と表現し、たとえば仕事において失敗をそのままにせず、なぜそうなったかを省みることは大事だと言った。確かにあらゆる感覚を鍛えるうえでも、経験するだけではなく「なぜそう感じたか」経緯を探る意識をもつべきだろう。


 終盤、川上氏はこう伝えた。
「色んな人に会って思うのだけど、どんな人でも、それがたとえば清掃員のおじさんだろうが、ノーベル化学賞を取ったような科学者だろうが、絶対自分の知らないことを知っている。だから、好奇心を持って迎えていきましょう。好奇心が尊敬に変わっていくから。
 尊敬を持って心を開くだけで、人ってどんどんどんどん色んなことが学べる。自分というのは全然見えてないのだとまず思ってください。それが人間だと思います」

 今回の取材を通じて重要だと感じたのは、どんな食事を食べるか、どのように食べるかというよりも、いかに食べる本人の観察力を磨いていくかという点だ。観察力を磨くことで五感をより鋭敏にし、日々口にするものがどのように体に影響を与えるかもコントロールできるようになるだろう。次回の食サミットでも新たな啓蒙を期待したい。

関連記事

よく読まれている記事

back to top