COLUMN

長寿社会に
寄り添う動物たち

伴侶動物福祉に見る、
高齢者と動物の暮らし方
「ペットは家族」、今では当たり前のように聞かれる言葉だが、人と動物(主に犬や猫)の関係は、防犯やネズミなどの害獣駆除を役割としていた時代から、人と同等と認められる立場になるまでに変わった。近年は、人が一方的にかわいがるイメージが強い「ペット(愛玩動物)」という用語自体を見直す動きもあり、一生を共にするという意味合いの強い用語「コンパニオンアニマル(伴侶動物)」を使う学会や団体が多い。一方で、飼い主・動物の高齢化にともない飼育が困難になるケースが増えており、動物と暮らせる高齢者向けサービスを提供する施設も出てきた。高齢者と動物の孤独を解消し、幸せな暮らしを守り抜くにはどうすればよいだろうか。
参考文献:『日本の動物観−人と動物の関係史』(東京大学出版会)、『ヒトと動物の関係学 第3巻 ペットと社会』(岩波書店)
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yuko Kikkawa

伴侶である動物と共に生き、老いる

 高齢者が高齢者を介護する老老介護が社会的課題となっているように、高齢により長年連れ添った動物の世話が困難になるケースや、施設に入居するため別れを選択せざるを得ないケースが増えている。

『平成30年・全国犬猫飼育実態調査』(一般社団法人ペットフード協会)によると、2018年時点で過去10年飼育された犬の平均寿命は14.29歳で、猫の平均寿命は15.32歳。小型犬から中型犬の場合は人間でいうと72〜79歳くらい、猫は76歳くらいの計算になる。平成22年(2010年)の同調査結果では、犬の平均寿命が13.9歳、猫の平均寿命は14.4歳であるため、比較すると犬は約0.4歳、猫は約0.9歳寿命が延びたことになる。

 人も動物も高齢化が進むなか、「自分や家族が病気になる、または入院、介護が必要になったとき、飼育することが難しくなるのでは」「動物が高齢になり介護が必要になったら、世話をしきれないのではないか」と心配する飼い主は少なくない。
 長年連れ添った動物を手放すなど考えられない人が大半のはずだが、その一方でやむを得ず飼育をあきらめ、動物愛護センターに連れてくる人もいる。その理由として挙げられるのは、やはり飼い主の病気、入院、死亡。動物が高齢で病気になり世話ができなくなったという人も増えているという。

 同じ屋根の下で長年動物と暮らし、家族同然に扱ってきた人なら、必ず「かけがえのない存在」と答えるだろう。本当の家族であるならば、捨てるという選択肢はありえない。愛する動物から得る幸福感こそ、かけがえのないものだ。
 最期まで動物のそばにいられなかったことに後悔しながら人生を終えることのないようにするにはどうすればよいか。地域包括ケアシステムの推進により在宅医療・介護を受ける人が増えているが、あえてここでは高齢者と動物が共に暮らせる福祉施設から、幸せな長寿の在り方を探ってみたい。

動物たちが脳と身体に活力を吹き込む

「私たちは在宅介護に長く携わってきましたが、独居でお住まいだった高齢の方が施設に入ることになると、ペットを飼えなくなるので大変困っていらっしゃるという話を耳にしてきました。高齢者福祉に携わる者として、高齢者とペットが一緒に暮らせる環境をつくるのが、私たちの責任だと考えました」

 そう話すのは、神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」の若山三千彦施設長だ。さくらの里山科は2012年に開設、居住フロアの一角に犬や猫と暮らしたい入居者専用の「ワンズユニット(犬専用居住スペース)」と、「ニャンズユニット(猫専用居住スペース)」をそれぞれ設けている。ゲージに入れているのは食事の時間のみで、ユニット内はどこでも移動可能。2019年現在、犬9匹と猫9匹が同居しており、入居者の個室に出入りしたり、リビングでくつろいでみたりと思うままに暮らしている。

 高齢者と一緒に入居してくる愛犬や愛猫のほか、保健所から譲り受けた犬猫もいる。一般家庭では犬と猫が同じ場所で多頭飼いされることが少ないため、職員は全員、訓練士による講習を受講。入居者が他界しても、動物は最期まで面倒を見ることが約束されている。飼い主にとって、動物も生涯安心できる場所が確保されていることは大きな安心につながっている。

「アニマルセラピー」という言葉があるが、これは日本でつくられた造語であり、ふれ合い活動などのレクリエーションを行う「動物介在活動(アニマル・アシステッド・アクティビティ)」と、医療の専門家が計画を立てて実践・評価をする「動物介在療法(アニマル・アシステッド・セラピー)」を合わせたものだ。
 医療行為である「動物介在療法」では訓練された動物を使い、犬の場合は「セラピードッグ」と呼ばれる。しかし、さくらの里山科で行なっているのは前者の動物介在活動であり、動物介在療法とは違うと若山氏は話す。

「ペットと最期まで暮らすこと、それが入居者の方々の切なる願いです。ご自宅で犬や猫を飼うのに、目的なんてありませんよね。ただ一緒にいたいから飼うわけです。一緒に過ごすことが目的で、ペットから何かを得ることは目的にしていません。だから、うちで暮らす子たちは訓練を受けていません。入居者の願いを叶え、最期まで心穏やかに暮らしていただく環境を維持するのが私たちの役目であり、それが私たちの考える伴侶動物福祉です」(若山氏)

 動物介在活動としてのセラピー効果を感じることは多々あると若山氏は言う。たとえば入居当時は認知症が進み、ご家族の名前や顔を忘れていたが、動物たちと接することで明るさを取り戻した入居者。今ではご家族の名前や顔を思い出し、イキイキとした表情で毎日を送るまでに回復したそうだ。

 また、リハビリ効果も実感していると言う。高齢者福祉施設の現場ではリハビリを嫌う入居者も少なくないが、動物がいることにより「犬や猫にふれたい」「抱っこしたい」という思いが生まれるため、それが自然と腕を上げさせ、身体を動かす原動力になる。自ら率先して行うから継続しやすく、効果も出やすい。
 膝の上に犬を乗せたまま、自分で車いすを動かす訓練を続けている入居者もいるそうで、その姿を見守る若山氏は、「私たち職員もすごい努力だなと驚いているくらいです」と話す。

離別の悲しみを味わう人を減らすために

 前述の「ワンズユニット」「ニャンズユニット」にお邪魔した。
 入居者のひとりである長滝ミヨ子さん(86歳)が趣味のぬり絵に励んでいた。その姿を静かに見守るのが犬のルイ君(13歳)。ルイ君は施設で飼われている動物のうちの1匹で、動物愛護センターから引き取られた保護犬だ。
「ルイは大人しくてお利口さん。私に抱っこされるのがうれしいみたい。私が動くと、どこでもついてくるんです」(長滝さん)

 長滝さんが入居したのは3年前だ。子どもの頃から犬を飼ってきたという長滝さんの部屋には亡くなられたご主人が描いたという2匹の犬の絵が飾ってあった。夫婦で愛情を注いできた2匹が亡くなったのちに動物を飼うことはなかったが、「もう一度ペットと暮らしたい」という思いで入居を決めた。

 澤田富與子さん(74歳)は猫の祐介君(14歳)と一緒に入居した。澤田さんは子どもの頃から犬、猫、うさぎやチャボに囲まれた、にぎやかな環境で育っている。祐介君は、捨てられそうだったところをもらい受けてからの伴侶だ。
「私が体調を崩して病院に入院しなければいけなくなったとき、祐介とずっと一緒にいられないと思って、とても気持ちが落ち込みました。でも姪っ子がここを見つけてくれたんです。祐介と暮らせる施設があるなんて夢のようだなと思いました。一緒に暮らせる施設があるとは思いもしませんでしたから」(澤田さん)

 澤田さんのご両親は動物たちと離れるのを拒み、自宅での最期を選んだという。澤田さん家族のように、最期まで愛する動物と暮らせないことに強いストレスを感じ、生きる気力をそがれる高齢者は少なくない。家族同然の存在と離されてしまう悲しみが、心身ともに大きなダメージを与えることは容易に想像できる。

「体調が悪くて寝ていたりするでしょ。すると祐介は私のそばから絶対に離れないの。私の体調のこともわかるんですね。だから祐介は私の身体の一部みたいなもの。私のお腹の上で寝ていたりすると、祐介のドキドキという鼓動が聞こえてくる。生きているんだって感じるんです」(澤田さん)


 前出の若山氏には忘れられない男性との出会いがあるという。
 その男性はひとり暮らしで、愛犬と共に暮らしていた。体調を崩してからは、ヘルパー訪問など在宅サービスを受けていたという。しかし、いよいよ特別養護老人ホームに入らなければいけなくなった男性は、愛犬を手放す覚悟をした。愛犬と一緒に入居することはできない。自分ではもう世話ができないという理由からの苦渋の選択だった。

 そうして施設での暮らしが始まったものの、男性は家族同然に暮らしてきた愛犬を「自分が殺してしまった」と悔やみ、毎日泣きながら過ごしていたという。最期までの半年間、男性は自分を責め続けて他界した。その自責の苦しみは計り知れない。

 若山氏は、「こんな悲しいことは、二度とあってはいけない」と、動物と同居できる高齢者福祉施設の必要性を痛感したという。
 経済状況や環境の変化により飼育が困難になる人は今後も増加すると予想されるが、動物がそばにいることでQOL(生活の質)が向上する人も多い。動物も受け入れ可能な高齢者福祉施設や世話代行サービスなどを活用しながら、愛する伴侶と添い遂げられる人が増えることを心から期待したい。

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