CROSS TALK
SAKON Dialogue : 024

「病気と健康は別物」
ウェルビーイングから
幸せな長寿を考える #1

石川善樹(予防医学研究者)
石川善樹
YOSHIKI ISHIKAWA
予防医学研究者
SAKON Dialogue : 024
「病気と健康は別物」
ウェルビーイングから
幸せな長寿を考える #1
人生100年時代といわれる昨今、私たちはどのように年齢を重ね、またどのように人生を送っていくべきなのだろうか。長寿、長生きと聞くと、体の不調が少ない状態をイメージしがちだが、「ウェルビーイング(Well-being:人が良く生きている状態)」を研究する予防医学研究者の石川善樹さんは「病気があってもウェルビーイングなら健康な状態」だと話す。つまり、イキイキと楽しく生きていれば、病気を抱えていても健康でいられることもあるという。今回は、『長寿のMIKATA』編集長の山本左近が、予防医学について、病気と健康の違い、病気とウェルビーイングの関係など石川さんに話を伺った。前編・後編の2回に分けてお送りする。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yu Shimamura

健康とは単に「病気がない状態」ではない

山本左近(以下、左近):「人生100年時代」の幸せを考えるために、予防医学研究者の石川善樹先生に話をお聞きしたいと思います。
石川先生の専門である予防医学研究とは何かというお話から始め、次に先生が研究されている「ウェルビーイング(Well-being)」について、そして最後に「ウェルビーイング」な状態を保つためにはどうしたらよいか、という流れでお聞かせください。

まず「予防医学研究者」という肩書は、多くの人にとってあまり馴染みがないかもしれません。医学部を出られて医師になる人と比べると非常に数が少ない気もしますが、石川先生が予防医学の道に進もうと思ったのはどうしてなんでしょうか?

石川:理由としては、私の父親が広島県の離島で医療に携わっていて、そこで予防医学をやっていたという単純なことなんです。

左近:お父様がへき地医療に携わっていたんですね。離島のへき地医療と聞くと、プライマリーケア(※1)が求められている印象があります。
※1 健康に関する患者のさまざまな問題を医師が総合的に診る医療。


石川:そうですね。父はそこで、単に診療所に座って患者さんを待っているのではなく、もっと島全体を健康にするにはどうしたらいいか、と試行錯誤したんです。

左近:なるほど。

石川:よく同じようなカテゴリーで語られますけど、病気と健康って少し違いますよね。わかりやすく言えば、病気を扱うのが治療医学で、健康を扱うのが予防医学です。つまり、人が健康な状態から転落するのを防いでいるのが予防医学ですね。一方で、患者さんの病気を治療するのが治療医学です。このように病気と健康を違うものだと最初に定義づけを行ったのはWHO(世界保健機関)なんです。

左近:WHOが定義したんですね。

石川:WHOはWorld Health Organizationの略ですが、「病気」を扱うのであれば組織名はWorld Disease Organizationになるはずです。たとえば、アメリカには米国疾病管理予防センターという機関がありますが、英語ではCenters for Disease Control and Preventionとなります。つまり、世界保健機関の名称をWorld Health Organizationにしたのには、DiseaseとHealthは違うぞ、という意味合いがあるんです。

つまりWHOは、健康とは単に病気がないということではなく、肉体的・精神的・社会的に「ウェルビーイング」な状態のことだと最初に定義したんですね。

左近:そこでウェルビーイングにつながるんですね。

石川:だから、極論を言えば病気があってもウェルビーイングならそれは健康なんです。ただ、そもそもウェルビーイング研究が本格化したのは21世紀に入ってからという新しい研究分野なんです。

私の父は早くから「病気だけじゃなくて健康も考えないと」「ウェルビーイングを考えないと」という考えをもっていて、当時は「ウェルネス」と言っていましたので、小さい頃から「善樹、ウェルネス研究は誰もやっていないぞ。お前がやれよ」と言われていました。そういう環境にいたので自然と予防医学研究の道に入ることになりました。

左近:これからの日本が置かれる状況、人口減少や高齢化が進み、誰もが年を重ねることによって、それぞれ何かしらの病気や疾患を抱える可能性がある中、そうなったときにどう向き合い、つき合っていくのか。

石川先生は研究者として、健康な状態というのはどんなものか、どうウェルビーイングを高めて生きていくべきか、といった研究をされているということなんですね。

不調な部分を意識しすぎないほうがよい

左近:病気と健康、そしてウェルビーイングについてもう少しお伺いしますが、これはどのようにつながっていると考えるとわかりやすいですか?

石川:たとえば、「何か問題がある」という状態を考えてみましょう。ある問題に対処するときには、直接的にアプローチする方法と間接的にアプローチする方法があります。このうち、直接的なアプローチは理解しやすいかと思います。

左近:ある病気に対して何か対処するときなどですね。

石川:そうです。このアプローチの違いを考えるのに有名な事例が、少年院にいる子どもたちに対する更生プログラムの話です。あるとき、院の子どもたちに、「なぜ自分たちは悪いことをしたのか」「同じようなことを起こさないためにはどうすればよいのか」ということを分析させて反省文を書かせたケースがありました。更生のために行われたプログラムなんですけど、これをやればやるほど院を出た子どもたちの再犯率が上がったそうです。

左近:自分の行動を振り返ることが再犯につながってしまったと。

石川:多分、振り返ることで脳により刻み込まれるんだと思います。これは直接的なアプローチですね。

そこで、間接アプローチを採用して、悪いことではなく逆に「自分はこれまでにどんな良いことをしたのか」を考えさせてみたところ、このケースでは再犯率が激減しました。すごく面白い話ですが、人ってネガティブな部分をもっていても、ポジティブなことを見つけるとそれが自然と消えてしまう、気にならなくなるっていうことがよくあるんです。

左近:そういうことはよくありますね。健康を考えるうえでも、似たような例が多くありそうです。

石川:僕の父が「不思議なことがあったぞ」とよく話していたんですが、腰が痛いというおばあさんに「先生どうしたらよいですか」と相談され、水泳を勧めたそうなんです。そうしたら、その方がぱったりと来なくなって、父は「水泳が効いたのかな」と考えていました。

あるときにその方と町でバッタリ会ったので「やっぱり水泳がよかったですか」と聞いたら、返ってきた答えが「先生、腰の痛みは全然変わりません。でも水泳は楽しいから、そこに行ったら痛みを忘れるんです」ということだったんです。

左近:うんうん、よくわかる(笑)。思考が病気に影響するってことなんでしょうね。

石川:もちろん全てではないですが、刻み込まれていくことによって、より悪化する場合もあるということです。だから、問題があったときにそれを直接解決しようとするのではなく、間接的にアプローチすることで自然といろいろなことが解決することがあると。

左近:自分の意識をより良い方向に、ポジティブな方向に向けていくことが、ウェルビーイングの第一歩につながるんですね。

石川:そうですね、その人なりに視点をちょっと変えることで。僕が目指しているのも、そういう方向なんです。

左近:石川先生の話を聞いて、巷に広まっている健康法を片っ端から試したり、何か固執して続けたりするのではなく、自分がどう生きるか、あるいは楽しく生きるためにはどうしたらよいのか、といったことを考えていく方がウェルビーイングにつながるプロセスになり、健康を考える上では大切なのかなと感じました。

石川:今年のゴールデンウィークは10連休でしたが、入る前に「10連休ってどうやって過ごしたら最高ですか?」と質問されたとして、ちゃんと答えられた人って多くなかったと思うんです。一方で、あなたはどのくらいの収入が欲しいですか、と聞かれれば、みんなハッキリと答えられると思うんです。

自分はお金がいくら欲しいのかはわかるのに、休みの日をどう過ごしたらよいかわからないというのは、自分が一日をどう過ごしたら幸せかというイメージをもってないからだと思うんです。不思議なことですが、人は意外と自分のことについて考えていないという。まあ、考えるのが面倒なのかな。

左近: 一日を惰性の流れで生きるんじゃなくて、大切な一日としてどう過ごしていくかをもっと考えなきゃってことですね。そうしたことを踏まえたうえで、石川先生からウェルビーイングの保ち方と幸せな長寿についてお聞きしたいです。
(#2に続く)
石川善樹
YOSHIKI ISHIKAWA
予防医学研究者
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きる(Well-being)とは何か」をテーマとして学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。著書に『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス社)、『問い続ける力』(ちくま書房)、『疲れない脳をつくる生活習慣―働く人のためのマインドフルネス講座』(プレジデント社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)などがある。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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