CROSS TALK
SAKON Dialogue : 025

「病気と健康は別物」
ウェルビーイングから
幸せな長寿を考える #2

石川善樹(予防医学研究者)
石川善樹
YOSHIKI ISHIKAWA
予防医学研究者
SAKON Dialogue : 025
「病気と健康は別物」
ウェルビーイングから
幸せな長寿を考える #2
前回(#1)に続き、予防医学研究者の石川善樹さんと『長寿のMIKATA』編集長・山本左近とのクロストークをお送りする。「良く生きている状態」という意味をもつ「ウェルビーイング(Well-being)」を研究する石川さんに、ウェルビーイングを保ちながら年齢を重ねる方法や、定年を迎えても社会に自分の役割をつくるための考え方などを伺った。1990年代に100歳超の双子の姉妹・きんさんぎんさんがブレイクしたが、医療の進歩により今は私たち一人ひとりが100年の人生を歩む可能性が高まっている。しかし、「病気がない」だけでは良い状態とはいえない。自分自身で「幸せな長寿」をデザインし、つくりあげる必要がある。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yu Shimamura

一日も人生も“終わり方”のデザインが重要

山本左近(以下、左近):「健康」とは、単に病気がないということではなく、肉体的・精神的・社会的に「ウェルビーイング(良く生きている状態)」ということだと、WHO(世界保健機関)が最初に定義したと伺いました。では、「ウェルビーイング」とは具体的にどのような状態なのか聞きたいのですが、石川先生にとってはどんな状態がウェルビーイングなんでしょうか?

石川善樹(以下、石川):僕自身のウェルビーイングについては、実はまだずっと考えているんです。なんでかっていうと以前まで僕は、毎日夜寝るとき、絶望しながら眠りについていたから。

左近:絶望!? そうなんですか?

石川:僕ら研究者は、知識の面で世の中に貢献するというのが仕事なんですけど、毎晩、今日も貢献できなかったなと絶望しながら布団に(笑)。今日も大したことができなかったな、と。20代から30代前半くらいまで、ずっとそうだったんですけど、あるとき気がついたんですよ、「もうちょっと楽しく寝てもいいんじゃないかな」って(笑)。

左近:そうですよ、寝るときくらい(笑)。

石川:そもそも何で絶望しているんだろう、と考えてみると「知の貢献」という目標が高すぎることに気づいたんです。目標が高いと日々ずっと到達しないわけですから、つらいですよね。だから目標を下げてみよう、と。そこで、自分は何があったらその日満足だったか、ということをよく考えてみたら、論文を書き上げた日は満足して眠りにつけていたんです。

左近:仕事が終わったとき、何かをやりとげたときですね。

石川:そうです。ただ、論文を書き終わったときっていうのはすごく満足するんですけど、それは年に数日しかないから、そこにゴールを置いてはいけないと。この話はウェルビーイングとも関係してくるんですけど、ウェルビーイングには「体験」と「評価」という2つの側面があります。

体験と評価が違うっていうのは、ウェルビーイング研究の大発見なんですけど。たとえばある日、すごく楽しいデートをしたとします。これは体験としては素晴らしいことですよね。だけど、最後の3分間、別れ際に大げんかをしてしまうと、そのデートは最悪なものになってしまうんです。単純に「体験」だけ見るとすごく楽しい時間を過ごしていたのに、「評価」は最後で決まるんです。

左近:そうあってほしくないと願ってるんですけどね(笑)。最後に起きたことで、今日はなんだったんだ、とその日の印象が変わってしまう。

石川:だから、どう仕事を終えるか、どうやって一日を終えるかという「終わり方のデザイン」が大切になるんですね。

左近:「終わり方のデザイン」ですか。「体験」と「評価」、ウェルビーイングを構成する大切な2つの要素のうち、評価を重視することで、その日を気持ちよく終われるようになるんですね。これをひと月、一年、一生と考えていき、評価がよくなるように考え方を変えると、心地よく人生を終えることができるようになるのではないか、ということですね。

石川:その通りです。

左近:人生というスパンで考えたとき、自分をどう評価することが、よく生ききることにつながると思いますか?

石川:ビル・ゲイツ氏が絶賛している『あなたの人生の意味』()という本があるんですけど、ひと言で説明すると「50歳までの人生と50歳からの人生は違う」という話なんです。50歳まではいかに履歴書をピカピカに輝かせるかという人生で、50歳からは墓標にどう書かれるか、という。たとえば鉄鋼王として知られるアンドリュー・カーネギーは、「自分よりも優秀な人を周りに集める術を知っていた男、ここに眠る(Here lies a man who knew how to enlist in his service better men than himself.)」と墓標に書いてほしいと言っていたそうなんです。
※デイヴィッド・ブルックス著、早川書房発行

つまり、「良く生きる」のに何を重視するかというのは、1つじゃないと思うんです。若いときに重視することと、年を取ってから重視することは違います。大事なのは、うまく自分の中でそこをどう変換するのかということだと思うんです。

左近:人生の中で重視することをどう切り替えるか。人は、年を重ねることで役割が変わっていくことがありますね。

石川:そうです、そのときに重視するものも変えられるかどうかが大事だと思います。

左近:定年を迎えたサラリーマンの方が、家の中に閉じこもってしまって、そうしているうちに自分の役割が見出せずに認知症になってしまったり、足腰が弱くなって要介護状態になってしまったりすることが多いですよね。外に出てきてもらって、人とつながりをもち続けながら役割や生きがいを感じてもらう方策は必要だと感じています。

石川:予防医学の21世紀の大発見として、健康で幸せに生きるためには2つの新要因があるとわかったんです。ひとつは「友達の数」、もうひとつが「役割」なんです。僕らが行った日本人を対象にした研究でも、自治会や老人会で役割をもっている人の方が長生きだったんです。これは男性も女性も同じです。

だから、まずは役割をもつことがすごく大事です、と。男女の違いもあって、いろいろなコミュニティに所属して役割をもつということは、女性は得意なんです。ただ、男性はそうではありません。「仕事ほど楽しいものはない」っていうのは厄介で、現役で活躍しているときの光が強すぎると、その後で何やってもつまらなく思えてしまう。ある意味で燃え尽き症候群のような状態になるんです。

きんさんぎんさんが平均寿命を引き上げた!?

石川:僕が多くの方を見て感じることなんですけど、60歳とか65歳まで勤め上げた人と、50歳くらいで早期退職して新しくチャレンジしている人だと、早期退職した人の方が幸せそうに見えるんです。

勤め上げてしまった人が考えることは、これまでの経験を生かした何かを探そうということなんです。でも、そんなものは見つからないことが多い。そのときに「だったらいいや」となってしまう方が多いみたいなんです。

左近:自分の成功体験の罠にはまらないってことが大事なんですね。「今までの自分はこうやって成功していたから、これを続けよう」ではなく、「違うことをやってみよう」と。

石川:得意で好きなことだけでなく、嫌いで苦手なこともやってみる、というのがすごく大事だと。これが学んだことのひとつです。

それと関連してもうひとつ、人生100年時代と考えて、何歳まで働くのかという問題があります。僕がオススメしているのは、年金をいつからもらうのかを考えるということです。年金の受給開始は、現在の制度では60歳から70歳までの間から選ぶことができます。年金をもらい始めるということは、自分がそこまで働くということです。まずは目安として、自分はいつから年金をもらい始めるかを軸にして、それまでの人生とそれからの人生を考えるのがよいと思います。

左近:年金をいつからもらうのか、ということもそうですし、また年金をもらい始めてからでも、自分が何をしたいか、どう生きたいかを考えるのも大事ですよね。

石川:自分が何歳まで頑張ればいいのかというのは、人生を季節でたとえれば、夏はいつまで続くのか、ということですよね。秋になると、仕事一辺倒っていうよりは「よく学び、よく遊び、よく働く」みたいな。人生の夏の間は仕事一辺倒で社会に貢献できても、秋になったらもう少しギアをゆるめないときついと思うんですよね。

そういうイメージを念頭に置いておくことが、ウェルビーイングを考える指針になるのかなと。

左近:人生を春夏秋冬で考えるっていいですね。ただ、自分の中で四季を考えたときに、冬ってあまり来てほしくない、というイメージがありませんか?

石川:でも、「冬ってなんだろう」とその本質を考えるとすごく納得がいく話があるんです。春夏秋冬で考えると、実りの秋はわかりやすいですよね。人生で一番楽しい時期で、自分はいつ秋をもとうか、という季節です。

で、これは能の本を読んでいて知った話なんですけど、冬って語源は「増える」の「増ゆ」らしいんです。だから、春になってバーっと増えるために蓄える時期といえばいいのか、次世代が新たな春を迎えるために仕込む時期ということなんですね。春夏秋が自分の人生なのに対して、冬は少し先に視点をずらして、次の春に他人を輝かせるための季節だと考える。

左近:そのように考えると、冬にたどり着けるっていうのは凄いことですね。

石川:そうなんですよ。だから冬にたどり着けるように頑張ろう!って思える。

最近ある人に聞いた話なんですけど、「うちのおばあちゃんに最近好きな人ができて、食事中でも構わずLINEばっかりやっている」と。もうその相手に夢中になっているんですね(笑)。すごくいい話だなあと思ったんです。

左近:何歳になっても人生は楽しく生きることができる、ということですよね。そうやって生きることができるかどうかって、お手本になる先輩を実際に見たことがあるかないかでは違いますよね。

石川:そうなんです。年を重ねることにいいイメージをもっている人と、悪いイメージをもっている人がいると思うんですけど、イキイキと生きている人が実際に周りにいると、「自分もいけるかも」っていういいイメージをもてるのかなと。

これは僕の仮説なんですけど、日本人はきんさんぎんさん()を見たことに歴史的なインパクトがあったんじゃないかと思っているんです。当時はバブル崩壊の時期でしたが、普通は経済ショックがあると国の平均寿命はすごい下がるんですが、日本はそれでもめげずに寿命を延ばしてきた。その背景にきんさんぎんさんがいるんじゃないかと。
※愛知県名古屋市に住んでいた双子の姉妹、成田きんさん、蟹江ぎんさんの愛称。ともに100歳を超えても元気だったことでマスコミに注目され、1990年代前半にCMのほかテレビ番組に多数出演。国民的アイドルとなった。きんさんは2000年に逝去(享年107)、ぎんさんは2001年に逝去(享年108)。

左近:それは面白いですね。

石川:実際1980年代までは日本にも100歳を超える人ってほとんどいなかったんです。でも、きんさんぎんさん以降はグッと増えていく。人間は「見る」と自分でもできる気がしてきます。ぎんさんの娘さんたちがすごく元気なのは、「見た」ということが大きく関わっているのではないかなと。人は「見る」ことが一番学びになるんです。

左近:僕も10代の頃、フランス・ニースの海辺でおじいちゃんとおばあちゃんが手をつないでビーチ沿いを散歩している様子を見て、なんて幸せそうなんだろうって思ったことが今でも頭の中に残っています。

石川:世界には長寿地域がいくつかありますが、共通しているのは年を重ねることに価値が置かれているということです。そういう価値観があるので、みんな年配の方を見て「ああなりたい」と考えるんです。

歳を重ねることに価値がある、と思われることを日本もどんどんつくった方がいいかもしれませんね。たとえば、80歳にならないと飲めないお酒があるとか(笑)。その歳じゃないと買えない、とてもおいしいお酒があったら、80歳以上の方に「すいません、買ってもらえませんか!」ってお願いしたくなるじゃないですか。

左近:頼む人が増えそうですね(笑)。頼まれた人も、人から求められる役割が自分にあると思えますね。

石川:長寿地域では、一番の年寄りが頼まれて買い物に行くようなケースもあります。

左近:健康や幸せ、ウェルビーイングについて面白いお話をたくさんお伺いできました。
人の幸せな生き方、また幸せな「終わり方のデザイン」については、今後の日本においてますます注目されていくと思いますが、僕たち自身が今日一日を幸せに過ごすことがその第一歩にもなるんだなと改めて学ばせていただきました。どうもありがとうございました!

石川:こちらこそ、ありがとうございました。
石川善樹
YOSHIKI ISHIKAWA
予防医学研究者
1981年、広島県生まれ。東京大学医学部健康科学科卒業、ハーバード大学公衆衛生大学院修了後、自治医科大学で博士(医学)取得。「人がより良く生きる(Well-being)とは何か」をテーマとして学際的研究を行う。専門分野は、予防医学、行動科学、計算創造学など。著書に『友だちの数で寿命はきまる』(マガジンハウス社)、『問い続ける力』(ちくま書房)、『疲れない脳をつくる生活習慣―働く人のためのマインドフルネス講座』(プレジデント社)、『健康学習のすすめ』(日本ヘルスサイエンスセンター)などがある。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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