CROSS TALK
SAKON Dialogue : 009

ニッポンの幸せな未来を考える〈後編〉

矢野和男(株式会社日立製作所・研究開発グループフェロー)
矢野和男
KAZUO YANO
株式会社日立製作所・研究開発グループフェロー
SAKON Dialogue : 009
ニッポンの幸せな未来を考える〈後編〉
前回(前編参照)に続き、株式会社日立製作所・研究開発グループフェローの矢野和男氏と山本左近とのCROSS TALKをお届けする。健康なまま長生きすることは、いにしえからの人類の願い。当然ながら、身体だけでなく心も健やかに、幸福感あふれる暮らしをしたいもの。だが今日、私たちが突入している超高齢社会について語るとき、ネガティブな未来が語られがちだ。人生100年時代を迎えるいま、幸せな状態のまま人生を全うするためには、いったい何が必要なのか。ウェアラブルセンサーにより人々の動きを計測し、ビッグデータから「幸せな状態」を発見することに成功した矢野氏の話には、私たちが向かうべきポジティブな未来へのヒントがあった。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Takaomi Matsubara

テクノロジーの前に、意思と行動が必要

山本左近(以下、左近):前回は、幸せな状態にあるとき、体の動きにパターンがあること、幸せな状態をつくるための手段は人それぞれであること、そしてテクノロジーを活用するには目的を明確にすべきであると教えていただきました。
今回、まずおうかがいしたいのは、長生きすることの意味です。日本は超高齢社会に入って65歳以上の年齢の人が圧倒的に増えています。これはネガティブにとらえられることが多いと思いますが、僕自身は少し違うとらえ方をしています。本来、人が健康で長生きできるというのは万国共通で幸せなことですよね。たとえば中国では、昔から不老不死は憧れでした。

矢野和男(以下、矢野):はい。そうですね。

左近:人生100年時代が現実になってきている中、高齢者に対して子どもが少なくなり働き手が少ないという社会と、社会システムとのバランスの悪さゆえ、超高齢社会に対してネガティブなイメージをもたれることが多いと思うんです。でも高齢者が健康で、何歳になっても元気に働き続けることで、多世代交流が活発になり、ソーシャルキャピタルにいい影響を与えていけるような人たちが増えていき、ネガティブな未来がポジティブな未来に変えられるんじゃないかと思っています。
先生は今までの研究のデータから、未来の日本をより幸せにするにはどうすべきだとお考えですか。

矢野:人生設計において、標準化、横展開という考え方を多くの日本人は持っていますよね。二十数歳までは教育期間で、そこから65歳までは実務で働く期間で、リタイア後は快適な生活を……でも、そんなわけないですよね。2007年に50%以上の人が107歳まで生きるという研究が発表されました。その時点ですでに生まれていた人、2007年に生まれた人でもです。

左近:2114年まで生きる。

矢野:はい。そんな時代に、何十年前の平均余命とかその時代の生活、必要だった制度や教育の仕組み、要するに20世紀の後半に最適化された制度は、年金などもそうですが、抜本的に変えないといけないと思っています。特に教育を変えるべきだと考えています。
前回、目的と手段のお話をしましたが、それに関連して言うと、私はまず意思があって次に行動、テクノロジーのサポートによってよりよい結果につながると思っています。研究においても、最初に結果とデータがあるわけではありません。まずwill=意思とaction=行動があり、結果をよりよくするためにテクノロジーがある。それが次のアクションへとつながる。
自分で選んだことですから間違っているかもしれないけれど、正しく知って次のアクションを選ぶ。選ぶときには自分の過去のデータ、似たような状況の他の人を参考にしてみる。意思とテクノロジーを組み合わせていくわけです。

左近:意思と行動が伴わないと、どんなテクノロジーがあっても、支援ツールがあっても、その人は幸せにならない。とても普遍的なことだと思いますが、矢野先生の研究から改めてそれがハッキリとしました。

年齢で人生を区切らないのが当たり前になる

矢野:超高齢社会においては、学習したことを活用して65歳まで働きます、みたいなイメージは社会のためでもないし、まったく時代遅れではないかなと私は思います。100歳まで、あるいは110歳まで、常に学習していくのが当たり前、というのが21世紀だと思うのですね。

左近: システムも社会も変わっていかないといけないですね。

矢野:日本は遅れていますね。例えばアメリカには定年という概念はありません。自分がやめようというときにやめる。そもそも採用のときに年齢を聞いてはいけないくらいです。

左近: どうやって自分の意思をもって幸せになろうと行動し続けていけるかどうかが大事なんですね。学校教育、仕事、その後、みたいな今までの分け方じゃなくて、自分の人生がずっと意思と行動の繰り返しで、少しずつ幸せな状態にあるように常に変わっていくことを受容するというか、それが当たり前という社会になるべきなんだということですね。

矢野:そうですね。まず定常状態を求めるという発想を変えないといけない。私は宮沢賢治の「永久の未完成、これ完成である」という言葉が大好きなんです。これは常に変わっているということですね。

左近: 100点はないということですね。僕のグループが運営する医療・福祉施設が集合している「福祉村」という場所があるのですが、福祉は「welfare」、つまり「幸せ」という意味なので、ここは「幸せ村」であると言っています。
私たちは「みんなの力でみんなの幸せを」守るために福祉村をつくりました。これが基本理念です。先生の研究を活用して、福祉村を利用されている、働いている人たちの幸せ度を測りたいという気持ちを持っています。すると、私たちの目指している目的が達成されているかどうか、また幸せなコミュニティのあり方を分析し、発信していけると思っています。

矢野:人が生きていく単位全体をハピネスにするということですね。
人間の決定の中には個人レベルをはじめ、いろいろな意思決定、条件があります。
大事なのは都民を幸せにする手段と、ドバイの人を幸せにする手段は違うということです。でもハッピーにしたいという目的は共通ですから、それぞれに追求しましょうと伝えています。そのためにも、人間の意志と行動がないと進んでいかないと思っています。

左近: willとactionが大事というお話に大変感銘を受けました。年齢など気にせず、「幸せに生きる」という目的を持って、自分自身がどうすれば幸せな状態になれるかをたしかめながら、行動を変えていくことが大事ですね。貴重なお話、本当にありがとうございました。
矢野和男
KAZUO YANO
株式会社日立製作所・研究開発グループフェロー
1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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