CROSS TALK
SAKON Dialogue : 008

ニッポンの幸せな未来を考える〈前編〉

矢野和男
KAZUO YANO
株式会社日立製作所・研究開発グループフェロー
SAKON Dialogue : 008
ニッポンの幸せな未来を考える〈前編〉
人生100年時代が訪れようとしている今日、どうすれば幸せな人生を送ることができるのかは社会的にも、個々にとっても大きなテーマになっている。今回登場いただくのは、著書『データの見えざる手』が2014年ビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選出された株式会社日立製作所・研究開発グループフェローの矢野和男氏。ウェアラブルセンサーにより人々の動きを計測したデータを、AIによって分析。ハピネス度(幸福感)はチームの生産性に大きな関わりがあることを発見した人だ。ハピネス度を上げる行動を従業員にアドバイスすることで企業の生産性向上に寄与できるという矢野氏に、日本が向かうべき幸せな未来について山本左近が聞いた。前編・後編の2回に分けてお送りする。
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Takaomi Matsubara

幸せな状態にある人に共通する「ゆらぎ」

山本左近(以下、左近):矢野先生は、「人がどうやったら幸せになるか」という手法ではなく、「幸せな人はどんな状態なのか」を科学的にアプローチされています。これは世界的にも大変珍しい取り組みですよね。幸せな状態にある人の動作にはパターンがあることを発見され、それを「ゆらぎ」と表現されています。ゆらぎを、あらためて噛み砕いていうと、どういうことなのでしょうか。

矢野和男(以下、矢野):体の微妙な動きを検知するリストバンド型(※写真参照)および名札型のウェアラブルセンサーで、行動をデータとして蓄積してきました。動きというのは、走っている、歩いているという目に見えるものだけではありません。きちんと座って、一見じっとしているときでも、実は人間は、ずっとじっとしていることがありません。微妙な動きをしています。そういう微妙な動きの中に無意識な状態の集合のパターンを見つけたのです。
幸せな人の場合、止まっている状態から動き始める、動き出してから止まるまでの長さというのは、短かったり長かったり、ばらつきがあるんです。

左近:その微細な動きにばらつきがあるほうが幸せな人の状態なのですね。

矢野:はい。逆にアンハッピーな人たちは、意識的にはコントロールしていないと思いますが、動きが非常にそろってきている。つまり「ゆらぎ」がないというのがデータではクリアに出ています。
このようにお話しすると、生じる誤解があります。それは「そういう体の動きをマネすれば幸せな状態になれるのか?」というものです。ある動きをしたらハッピーになるのではなく、幸せな人は結果として、共通の体の動きが生まれるメカニズムが体の中に備わっているわけです。
どうやったらハッピーになれるのかということと、ハッピーなのはどういう状態なのかはぜんぜん違うものです。そのために起こる誤ったとらえ方が、「幸せになる正しい方法をみんなでマネしたらいい」という発想です。
人間というのは、「幸せな状態」にあるときは晴れやかで、すがすがしい気分にあり、仕事なら目の前のことに没頭できるし、周囲の人もみんな自分を助けてくれるんじゃないかと楽天的に考えるし、おいしいものを食べればおいしいと感じられる、夜はぐっすり寝られる。こういう状態はきわめて普遍的です。日本でもヨーロッパでも中世でもギリシャ時代でも変わりません。
生理的に共通のものを持っている一方、「どうやったら幸せになるか」というのは時代、文化、国が違えば、いや、同じ文化でも、それこそ小さな職場の中でも一人ひとり違うものです。ある職場では上司が早く帰ってくれるのがいいところもあれば、コミュニケーションを増やしたほうがハッピーというところもある。きわめて多様なんです。

左近:今までの研究でデータをとっていく中で、若いメンバーで構成されているチームと、高齢の方が入っているチーム、こうした年齢の違いがチームのハピネスの違いや向上の度合に影響するといったデータはあるのでしょうか。

矢野:あります。例えばあるコールセンターでは、休憩時間がきわめてパフォーマンスに影響していることがわかりました。雑談がはずんでいると活性化するんです。同世代を同時に休ませるとパフォーマンスが10%くらい上がりました。逆に若い女性とシニアの男性を、一緒に休み時間をとらせるとパフォーマンスが下がりました。とはいっても、多様なものを結びつけるのが駄目だというわけではなく、状況に応じて多様だと思いますが、人の組み合わせがパフォーマンスに影響するのは間違いありません。

幸福度も管理する時代

左近:データを取り、データを解析した結果から、人々が幸せに暮らしていくにはどうしたらいいのかという目的につながっていくのが先生の研究だと思いますが、一人の人の中でもずっと同じゆらぎを持っているわけではなく、たぶん状況によって幸せ、不幸せなときがバイオリズムのように変化していくと思うんです。想像するに、ある人のゆらぎを計測していくと幸せ、不幸せが「見える化」できていくのではないでしょうか。なるべく不幸せじゃない状態を作り出す、もしくは不幸せなときにぐっと上に持っていくことを自分で意識できるようになることが大切なんじゃないかと思いました。
職場にかぎらず、一個人が家庭というコミュニティの中で幸せに暮らしていくことに関しても、それは機能していくのでしょうか。

矢野:結論から言うとイエスだと思います。そもそも一人の人間を公人私人、ワークとライフというように分けることがナンセンスだと思うんです。家で寝ているときの睡眠の質は昼のパフォーマンスに大いに影響するわけですね。逆に昼間にどんな会議をやったか、どんな叱責を受けたかは、夜寝るとき、あるいは家に帰ってご飯を食べるときに影響するわけです。
ひとつ思っていることがあるのですが、サラリーマンや医療・福祉従事者といった従業員と、スポーツ選手とでは、ぜんぜん違う扱いを周囲から受けているんですね。スポーツ選手の場合、コンディションを常に周囲の人が気にしていますよね。でも仕事をする人に対して、コンディションを気にしているでしょうか。おかしな話ですよね。パフォーマンスを出してほしいのなら、当然、いいコンディションをつくる必要があるのではないでしょうか。それを科学的に検証していきたいですね。

左近:いいコンディションづくりに関係することなのですが、テクノロジーによって便利になったなと思うことが最近ありました。
この冬食べ過ぎて太ったので、ダイエットしようとスマート体重計を買ったんです。そこから1ヶ月2ヶ月乗っていると、きちんと数字として下がっているのが見えるので、この方向で正しいんだと、体重を落とすことに成功しました。
これをハピネスというところに置き換えて考えてみると、今の自分が不幸せなときに、これから幸せになりたいと考えて、今日の自分がこうだったから次の日はこうしようと目に見える形で振り返りができると、次の日に対して、あさってに対して、未来に対して行動の変容ができるんじゃないかと。
これはまさにアスリートに求められていることで、日々、自分を直視することでいいパフォーマンスができると思うんです。日常生活で自分を見つめて、現実を見つめて向上させる指標がないので、それができると幸せになる人たちが増えていきそうですよね。

矢野:今開発しているものは、まさにそういうもので、いいパフォーマンスをセルフトレーニングできるようにしようという構想のもとで進めています。それぞれの状況によって生み出していかないといけない。常に生み出していくことが幸せの近道だと思っています。
ここで1つ言っておくと、大切なのは、目的と手段を取り違えないことです。AI、ビッグデータ、IoTと聞くと、すごいものが来るぞ、まるでテクノロジーが目的のようになりがちですが、それはおかしな話でしょう。まず目的からスタートしてそれに合うツールがあるわけです。

左近:手段の目的化ということですね。

矢野:私は今年、ドバイに2回行ったのですが、ドバイはまさに目的からスタートする制度をやっているんです。国の目的は「ハピネス」、政府は国民のハピネスのために存在していると宣言している。立法や行政はすべて国民のハピネスの手段だと言っています。

左近:それこそ政治の本来あるべき姿ですよね。

矢野:単なるお題目じゃなく、ハピネス省をつくっています。あらゆる法律が国民のハピネスにとっていいものかどうか、ハピネス大臣によるアセスメントを通らないといけないという法律もつくったんです。

左近:ドバイが目指しているのは、国民が幸せになるというのを指標にして、あらゆる政策に「その政策は国民のハピネスにつながったか?」というエビデンスが求められるということですね。

矢野:そうです。

左近:エビデンスを取るというところがすごいですね。僕は人の幸せを守る根本は健康と教育だと思っていて、そこを守るために僕たち自身がエビデンスをもって証明していかないといけないと考えたことがあります。ですからドバイでは国全体でやっているというのが驚きでした。

矢野:目的からスタートするところはおおいに見習うべきだと思います。日本でもテクノロジーを使っていこうという取り組みはしているけれど、もっと目的を明確にしていくべきでしょうね。
(後編に続く)
矢野和男
KAZUO YANO
株式会社日立製作所・研究開発グループフェロー
1984年日立製作所入社。2003年頃からビッグデータの収集・活用技術で世界を牽引。論文被引用2,500件、特許出願350件。人工知能からナノテクまで専門性の広さと深さで知られる。著書『データの見えざる手』は2014年のビジネス書ベスト10(Bookvinegar)に選ばれる。工学博士。IEEE フェロー。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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