CROSS TALK
SAKON Dialogue : 026

バリア(障害)の価値を
生かせるヒトになろう #1

垣内俊哉(株式会社ミライロ・代表取締役社長/日本ユニバーサルマナー協会・代表理事)
垣内俊哉
TOSHIYA KAKIUCHI
株式会社ミライロ・代表取締役社長、
日本ユニバーサルマナー
検定協会・代表理事
SAKON Dialogue : 026
バリア(障害)の価値を
生かせるヒトになろう #1
株式会社ミライロ・垣内俊哉社長の目線は、常に地上から106㎝の位置にある。遺伝的に骨が折れやすい病気を抱え、幼い頃から車いすで生活をしてきた。しかし、その目線の位置も含め、垣内社長が力強く伝え続けているのは、バリア(障害)は「弱み」ではなく「他者とは違う価値」だということだ。株式会社ミライロは、多様な人々がもつバリアからバリュー(価値)を生み出す事業を行なっている。『長寿のMIKATA』編集長の山本左近が、その内容について伺いながら、多様な人々が暮らす社会における「ハートを変える教育」についてトークを交わした。前編・後編の2回に分けてお送りする。(下写真はユニバーサルマナー検定2級の車いす実技の様子/ミライロ提供)
photos : Nobuaki Ishimaru(d'Arc)
text : Yuko Kikkawa

障害をもつ人との接し方の教育が足りない

山本左近(以下、左近):本日はよろしくお願いいたします。今日ぜひ伺いたかったことなのですが、会社のロゴだけでなく、垣内さんが身につけてらっしゃるものの多くがオレンジ色ですよね。「オレンジ色」へのこだわりがあるんですか?

垣内俊哉(以下、垣内):「たいした意味はないんです」とゆるく言いたいものの、これが意外と話すと長くなってしまうんです(笑)。はじめは理由もなく選んでいたつもりだったのですが、なぜ自分がオレンジ色のものを選んでしまうのか、調べてみるとちゃんと意味があったんです。

私が幼少期を過ごしたのは障害児施設でした。両親が一生懸命探し回ってくれたのですが、骨形成不全症という病気を抱えた私を受け入れてくれる幼稚園が他になかったからです。
ですが、いよいよ小学校に上がる直前に、私を受け入れてくれる幼稚園が見つかり、わずかな期間でしたがお願いして入園することができました。その後の小学校時代、中学校時代は入院生活が長かったので、学校に行くことも、友達と遊ぶこともままならなかった私にとって唯一、幼稚園の期間だけが友達と一緒に過ごすことができた意味深い時間でした。

左近:その幼稚園で、たくさんの楽しい思い出ができたんですね。

垣内:そうです。2017年にあるテレビ番組で、私が入園していた幼稚園を訪ねるという企画があったんです。そのとき、園内の手すりもトイレも、壁や水道の蛇口の周りのタイルも全部オレンジだったんです。「ああ、ここだったんだな」と。
自分が一番楽しかったときに囲まれていた色、自分が一番生き生きと過ごせていた時期に囲まれていた色だから、自分を元気づけるため身の回りにオレンジを置いていたんだと気づきました。

左近:そうだったんですね。「幼稚園時代が一番楽しかったとき」とおっしゃっても、今のほうが何倍も輝いていらっしゃるし、楽しい人生を歩まれているんじゃないかと思います。
垣内さんの会社の社名は「ミライロ」ですが、「未来の色」もオレンジのイメージですか?

垣内:社員には、入社時にそれぞれ好きな色を選んでもらっています。未来の夢、未来の色、それを人それぞれが思い描けるように、道を歩めるようにとつけた社名なので私はオレンジにしていますが、それを社員には強制したくないんです。一人ひとり、違う色で描いてほしいという思いですね。

私が今日まで生きてきて日々感じていることですが、障害者や高齢者に対する向き合い方、接し方というのは、無関心か過剰かのどちらかに偏っています。なぜかというと、障害者にどう接したらいいのかわからないし、接したことがないから。中には面倒だと言っている人もいる。障害者個人と向き合うことは普通のことではなく、特別なことになっている。つまり知識がなく、経験もないから他人事になっているんです。これをどう変えていくか。

左近:僕がCEOを務める医療法人・社会福祉法人さわらび会には、病院、高齢者福祉施設、障害者支援施設などがあって。僕は父が中心となって運営していた頃から施設に通う子どもたちと遊んで育ったので、障害をもった人たちと一緒に生活することが当たり前でした。F1の仕事で海外にいたときでもそうです。
だから、僕にとって障害をもった人と接することは特別だという感覚は全然ないのですが、なぜか日本では障害者と触れ合う機会が少ないですよね。

垣内: そもそも日本は、障害者が出かけることが少ないです。どうして出かけないのかというと、働いている障害者が少ないからです。日本で暮らす約936万6000人に及ぶ障害者の中で、民間企業で働いているのは約53万4700人。つまり約94%は働いていません。働くことができなければお金を稼ぐことができない。お金がなければ出かけることもしませんよね。(図A、図B参照)

では、なぜお金を持っていないか。そこから読み解くと、結局のところ障害者の高等教育の数が少なすぎるからです。今、国内で大学に在籍している障害者は約3万190人(※1)で、この数は大学生全体のたった約0.99%です。教育機会が均等になっていないので、そこをまずは改めて見つめ直さないといけないですね。
※1 日本学生支援機構『平成30年度(2018年度)障害のある学生の修学支援に関する実態調査』より。

ハートが変わればハード(環境)も変わる

左近:教育に関しては、さわらび会では介護の専門学校も運営しているので、特に若い世代に向けた教育は重要だと僕も常々考えています。

障害者の未来を考えるにあたり、大きな課題としてまず高等教育を受けられる機会が少ないこと。さらにそれが就職を困難にする要因となり、経済的自立が妨げられていることを挙げられました。
垣内さんは、彼らがよりよい教育を受け、より高い収入を得るためには、どんな取り組みが必要だと思われますか?

垣内:「環境」「意識」「情報」、この3つの領域におけるバリアを解消していくことだと考えています。

左近:その中で、一番プライオリティを置いていらっしゃるのは何ですか?

垣内:「意識」が一番だと思っています。「意識」、「情報」の順で、「環境」が最後です。
私は、常々「ハードは変えられなくてもハートは変えられる」と言ってきました。アメリカのように国土が広ければ、駐車場もトイレもエレベーターも、車いすでも動きやすいように大きくつくることができますが、国土の狭い日本では限界があります。税収が下がってきている日本で、国が今以上の予算を世の中の建物のバリアフリー化に回すことは難しいでしょう。
まず個人や企業の「意識」を変える施策、次に「情報」を伝える施策という順番でやっていくしかありません。ただ、これからの5年、10年、20年に関しては、「情報」「環境」の2つがより重要になっていくだろうと思います。

逆説的に言えば、ハートが変わらなければ、ハードを変えようという視点も持てません。障害者が何に困っているのか、何に不自由しているのかに気付けなければ、「こんな建物にしましょう」「こんな街をつくりましょう」と言える人も増えないので、まずは意識を変え、結果として環境が後から変わっていく。そういうプラスのスパイラルを回していけるといいですね。

左近:垣内さんは、「バリアバリュー(編集部注:障害〈バリア〉を価値〈バリュー〉に変えるという意味)」という考え方を軸に事業を展開されていますが、その事業の一つに「ユニバーサルマナー検定」(※2)がありますね。
※2 高齢者や障害者、ベビーカー利用者、外国人など、多様な人々と向き合うためのマインドとアクションの習得を目指す検定。

垣内:障害者や高齢者といった当事者をユニバーサルマナーの講師として育成し、雇用を生み出す。それとともに、彼らとの向き合い方に関する知識不足や経験不足を補う教育や研修を充足させるのが目的です。

あれも学ばなきゃ、これも読まなきゃ、こういった実技も学ばなきゃ、あの手法も会得しなければといった敷居をいかに低くするか。ユニバーサルマナー検定の3級なら、2時間のカリキュラムで認定を受けられます。そのたった2時間の勉強でも、障害者との接し方はまったく変わってきますよ。教育を受けて知識を身につけることで、多くの人により自信をもってほしいです。

左近:向き合い方がわからないと、人って距離を詰めたがらないというか、どうやって接したらいいのかわからない。先ほどおっしゃられたことがまさに問題点だと思うんですけど、その敷居をできるだけ下げてあげる。難しいことじゃないと、ぜひ学んでほしいですよね。

垣内:そうです。たとえば障害者に提供すべきは押しつけではなく選択肢で、その選択肢を与えられる人を増やす。こうしたコミュニケーションを日本全体に広げていくのがユニバーサルマナーの考え方ですね。

車いすの人と一緒に食事に行くとします。そこにはテーブルとイスがあります。飲食店でも、金融機関の窓口でも、空港のカウンターでもどこでもそうですが、まずイスを移動させますよね、車いすの人が来たら。でもそれが正解かといえば正解ではなくて。
車いすに長く座っていると暑くて蒸れたり、おしりが痛くなったりするために、車いすの人でもイスに移りたい方は大勢います。なんとなくイスを移動させるのではなく、「車いすのまま食事をとられますか? それともイスに移られますか?」と聞けるかどうかなんです。

左近:多様な人たちに対する「思いやり方」に、多くの人たちが気付くことが一番大事だと思いますので、まったく同感です。気付くためには、まずそこに「意識」を向けないといけない。「知らない状態」から「知る状態」に変え、意識を向けるためのユニバーサルマナーなんですね。
ユニバーサルマナー検定を受けられた人は6万人ほどいらっしゃると伺っていますが、受講された方々の反響はいかがですか?

垣内:「楽に向き合えるようになりました」というのが、みなさん共通の感想ですね。一番わかりやすい例を挙げると品川女子学院で、この学校は中高一貫校なのですが、中学1年生の授業の中で、ユニバーサルマナーを教えています。
授業を始める前に行った「障害者や高齢者に声をかける自信がありますか」というアンケート調査に対して、「自信がある」と答えた生徒は18%でした。ですが受講後には98%まで伸びています。

この結果は、単に道徳教育、あるいは福祉教育が足りていなかったということではなく、誰にでもわかりやすく理解できるように噛み砕いて伝えられていなかったんだということを示していると思います。

左近:ユニバーサルマナー検定が、垣内さんのおっしゃる「噛み砕く」という役目を担っているんですね。向き合い方がわからないゆえに起こるコミュニケーションの悪循環を断ち切るためにも有効だと感じます。

垣内:たとえば大阪の一部の自治体では、職員採用試験の申込フォームにユニバーサルマナー検定をもっているかどうかを書き込む欄を設けています。今後はユニバーサルマナーを習得している人、意識が向いている人ほど、仕事面でも評価を受けることにもつながっていくだろうと捉えています。
(#2に続く)
垣内俊哉
TOSHIYA KAKIUCHI
株式会社ミライロ・代表取締役社長、
日本ユニバーサルマナー
検定協会・代表理事
1989年、岐阜県中津川市生まれ。生まれつき骨がもろく折れやすいという「骨形成不全症」を発症し、小学校・中学校は入退院を繰り返す。高校入学後に、どうしても自分の足で歩きたいとリハビリに明け暮れるも、歩けるという望みが薄いと悟り、歩けなくてもできることから、歩けないからできることを探し始める。立命館大学経営学部在学中に多数のビジネスコンテストで受賞し、20歳で起業。障害を価値に変える「バリアバリュー」の視点から、ユニバーサルデザインのコンサルティングや、バリアフリー情報をまとめたアプリ「Bmaps(ビーマップ)」など、自社コンテンツおよびサービスを開発。2015年日本財団パラリンピックサポートセンターの顧問に就任。2019年4月からは、龍谷大学社会福祉学部客員教授として教壇にも立つ。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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