CROSS TALK
SAKON Dialogue : 021

チャレンジド(障がい者)の働き方改革 #2

竹中ナミ(社会福祉法人プロップ・ステーション・理事長)
竹中ナミ
Nami Takenaka
社会福祉法人
プロップ・ステーション・理事長
SAKON Dialogue : 021
チャレンジド(障がい者)の働き方改革 #2
前回(#1)に引き続き、社会福祉法人プロップ・ステーションの理事長を務める「ナミねぇ」こと竹中ナミさん(70歳)とのクロストークをお届けする。プロップ・ステーションは1991年の発足以来、約30年にわたり障がい者福祉において「支援する側」と「支援される側」の境界線を取り払うべく、ICT(情報通信技術)を使った障がい者雇用・就労支援を続けている。障がいをもつ人を「障がい者」と呼ばず、新しい米語「チャレンジド」(挑戦する使命や課題、機会または資格を与えられた人)という呼称を提案するなど意識改革にも取り組むナミねぇに、山本左近が現在の課題と今後のビジョンについて話を聞いた。
photos : Ren Arimura(d'Arc)
text : Yu Shimamura

現場に合わない制度をどう変えるか

山本左近(以下、左近):ナミねぇは、プロップ・ステーションを通じて、チャレンジド一人ひとりが活躍できる場をつくるサポートをされていますが、福祉が目指すべき根本的なことを実践されていると僕は感じています。

一方で、現行の制度の中で福祉を行っている人の一部には、その取り組みを遠く感じる人もいます。
誰もが安心して暮らせる社会保障は整備されているのですが、障がいをもつ方がその人らしく生きるために何ができるんだろうか? この人はどんな能力を持っているんだろうか?といったことまで考えている人はまだ多くないなと。僕はここに日本の次の課題があると常々考えているんです。

竹中ナミ(以下、ナミねぇ):たとえば「法定雇用率」()というものがありますよね。障害者雇用率制度というのですが、これは「障がいをもつ人は働くのが難しいから、割合を決めて雇ってあげよう」というものなんです。厚生労働省は、この制度がチャレンジドの雇用や就労の促進につながると思っているんです。

※ 障害者雇用促進法43条第1項により、従業員が一定数以上の規模の事業主は、従業員に占める身体障がい者・知的障がい者・精神障がい者の割合を「法定雇用率」以上にする義務がある。民間企業の法定雇用率は2.2%で、従業員を45.5人以上雇用している企業は、1人以上の障がい者を雇用しなければならない。(厚生労働省ホームページより)


左近:なるほど。

ナミねぇ:この制度には、障がいをもつ人を雇ったのち、会社の戦力にしないといけないというミッションはないんです。「難しいんだから、気の毒だから、何人かは入れてあげよう」という。
これは大きな間違いで、今、私たちが政治に求めているのは、雇用率だけじゃなく発注率も定めてほしいということなんです。

左近:ただ雇うだけではなく、一人ひとりが仕事をうけられるようにするということですね。

ナミねぇ: 雇用という形だと、会社まで毎日通勤することや1週間の最低勤務時間を求められるので、介護が必要な重度の障がいをもつ人やコミュニケーションに障がいがある人など、この制度では働けないというチャレンジドが多くいます。

本当は、バックオフィスのシステムがあれば、その人自身がひとりで1から10までできる必要はないんです。プロップ・ステーションでは、チャレンジドができる仕事を生み出して、企業や行政と働き手をつなぐ役割を担っていますが、「できること」さえ磨けば仕事をうけられる、という流れをつくるために必要なのは発注率なんです。

だから、私たちのような活動をしている組織を通じて、チャレンジドに仕事を発注してくださるとよいなと。チャレンジドの雇用をポイント化する、という考えしかないことが、逆に障がい者の雇用促進にストップをかけていると私は思います。

左近:どの分野にも共通するかもしれませんが、福祉の領域でも常に現場の方が早く、制度がなかなか追いついてこない状況が生まれているということですよね。

ナミねぇ:発注さえしていただければ。どう進めるか、といったやり方を考えるのは私たち、プロップの仕事ですから。
今、業務をアウトソーシングしてない企業ってほとんどないですよね。コンピューターを使わない仕事もほとんどないと思います。そう考えると、企業にとっても「発注する」ということは「雇用する」ことよりも融通がききやすいと考えることもできるわけです。そのあたりを考えていただき、柔軟に組み入れていただけると。

左近:そうですね。僕もこの問題はしっかりと考えなければいけないと思っています。

ナミねぇ:30年活動をしてきて、さまざまなことが変わったけど、この通勤を前提とした障害者雇用率制度しかない状況は一日も早く変えたいと思ってきました。
いろいろな働き方を後押しできる制度があれば、私たちのように企業や行政からアウトソーシングされた仕事をチャレンジドたちが受注できるようバックアップする組織がもっと生まれると思うんです。ただ、今はそういう組織はない。なぜかというと、「雇用」につなげないといけないからなんです。

固定観念を外し、可能性を引き出す

左近:誰しも調子が悪いときがあると思いますが、体調不良などの理由からチャレンジドの方々が仕事を思うようにこなせないときはどのようにされていますか?

ナミねぇ:それをフォローする体制をつくるのが、私たちの仕事なんです。私たちは、「体調やメンタルの状況がよくないときは、すぐに言ってね」とみなさんに伝えています。ちょっとでも無理かなと思ったら、すぐに言ってと。

今までは、調子がよいときと悪いときの波があったらダメだよ、と言われていました。でも私たちは、一番調子のよい時期、波が上に振れたときだけを切り取って、「ここだけ働いたらええやん」という風に考えています。
この共通認識を持っていれば、1人の仕事を3、4人で分担してやってもいいし、3、4人でやろうと思ってた仕事を調子がよいからと1人でやり遂げちゃってもいい。どちらもあっていいと思うんです。

チャレンジドの人だけでなく、私も調子がよいとき、調子が悪かったりするときがあります。彼らは他の人よりも波が激しかったり、深かったりするかもしれないけど、上がる瞬間は同じようにあります。だから、「波が上がっている瞬間にやろうぜ」ってね(笑)。そうやって達成することで、彼らの自信にもつながるわけです。

左近:彼らだって本当はもっと挑戦できることがたくさんある。彼らだけでできない部分は周りがサポートするなど、機会をつくってあげることが大事ですね。

ナミねぇ:「できる」「できない」でいったら、たとえば私なんか、ワルで中卒やから(笑)、できへんことがすっごく多い。英語も「ディスイズアペン」「マイネームイズ、ナミねぇ。イエーイ!」くらいやし、算数も分数になったらダメです(笑)。だから人前でしゃべる仕事だけに専念してるんです。

でも、「できない」部分を「できない」「できない」と言われたら、私もムカつきます。誰もができないことがあって、「でも、それはあんたも同じやろ」「その代わり、私はこれだけはあんたに負けへんで」という人間関係になれたら、障がいがあるかどうかは大きな問題ではなくなってきます。

左近:ナミねぇの周りにいるチャレンジドの方々には、「自分たちはできる」と思っている人が多いと思います。障害あり、なしに関わらず、自分では何もできないと思っている人たちがいるのは本当にもったいないと感じています。彼ら自身にも「自分はできる」ってことを知ってほしいなと。

2年前、僕はサハラ砂漠240kmを7日間かけて走る「サハラマラソン」という大会に出場したんです。人生で初めてマラソンに挑戦しました。僕が運営しているさわらび会の施設でリハビリを頑張っている人たちを応援するために、自分が頑張っているところを見せたいと思って。

でも、驚いたのは、その大会にはブラインドの方や手の不自由の方も、ガイドと一緒に挑戦していたんです。こんな過酷なマラソンですから、健康な方でも話を聞いただけで「私には無理」と言う人がいます。にもかかわらず、チャレンジドの人もサハラマラソンに挑戦しているという事実に僕自身励まされましたし、もっと多くの人に知ってもらいたいと思いました。

ナミねぇ:最終的には、「必ずその人の中にもできることがある」って信じられるかどうかだと思います。
日本の人権教育では、障がいをもつ人に出会ったら「『何かお手伝いすることはないですか』と聞きましょう」と、習うんです。でもこれは間違いで。その相手はあなたとは違うやり方で、あなたよりもすごいことができるかもしれない、と考えるように教えないと。

左近:だから、「障がいをもっていると◯◯ができない」といった固定概念を外さないといけないんですよね。日本の社会全体に、「健常者」と「障がい者」という線引きがあるんですけど、僕はこうした状況は健常者側から変えていかないと、と思っています。

僕は高齢者施設や障害者施設を運営する両親のもとで育ったので、幸運にも小さい頃から口に筆をくわえて絵を描く人と接したり、知的障がいをもつ子と当たり前に遊んだりしていました。そういう経験があるので、偏見や区別をつくらないですんでいるんだなと思うんです。そうすると何が大事かというと、やっぱり教育なんだなと。

ナミねぇ:そうですね。

左近:これだけ多様性が叫ばれる中でも、社会に目を向けると分断が起きてしまっている状況がある。この分断をなくすために、お互いの多様な能力を認め合う社会をつくっていくためにも、ナミねぇのようなチャレンジドの方の新しい働き方を後押しする活動には大きな力があると思っています。
さらなる発展のために、これからのご活躍にも期待しております。本日はありがとうございました!

ナミねぇ:これからもワクワクしながら活動を続けたいと思います。どうもありがとうございました。左近さんも頑張ってね!
竹中ナミ
Nami Takenaka
社会福祉法人
プロップ・ステーション・理事長
1948年、兵庫県神戸市生まれ。重症心身障がいの長女を授かったことから、独学で障がい児医療・福祉・教育を学ぶ。1991年、プロップ・ステーション(任意組織)を設立。1998年、厚生大臣認可の社会福祉法人格を取得、理事長に就任。チャレンジドの自立と社会参画、とりわけ就労の促進を支援する活動を続ける。文部科学省中央教育審議会初等中等教育分科会委員、財務省財政制度等審議会委員などを歴任。2010年6月、日本放送協会(NHK)経営委員会委員に就任。著書に『プロップ・ステーションの挑戦 「チャレンジド」が社会を変える』(筑摩書房)、『ラッキーウーマン マイナスこそプラスの種!』(飛鳥新社)がある。
山本左近
SAKON YAMAMOTO
さわらびグループ CEO/DEO
レーシングドライバー/元F1ドライバー
1982年、愛知県豊橋市生まれ。幼少期に見たF1日本GPでのセナの走りに心を奪われ、将来F1パイロットになると誓う。両親に土下座して説得し1994年よりカートからレーシングキャリアをスタートさせる。2002年より単身渡欧。ドイツ、イギリス、スペインに拠点を構え、約10年間、世界中を転戦。2006年、当時日本人最年少F1デビュー。2012年に日本に拠点を移し、医療法人/社会福祉法人の統括本部長として医療と福祉の向上に邁進する。2017年には未来ヴィジョン「NEXT55 Vision 超幸齢社会をデザインする。」を掲げた。また、学校法人さわらび学園 中部福祉保育医療専門学校において、次世代のグローバル福祉リーダーの育成に精力的に取り組んでいる。日本語、英語、スペイン語を話すマルチリンガル。

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